【映画で延命】踊り続ける私たち:「セント・オブ・ウーマン/夢の香り」

 ちゃんとした人間ではないので、すぐに死にたくなります。

 死にたくなることは当たり前で、頑張って死にたさをごまかしたりして延命しています。映画もその一つで、死にたい気持ちを映画で和らげている。

 Netfixって、映画がたまに入れ替わるというか、配信停止になったり再開したりで、一喜一憂することもしばしば。続編の前にファンタビ見ようとしたら消えてたしね…。

 でも、たまに見たかった映画が追加されているとテンションが上がる。『セント・オブ・ウーマン』が入ってたのは、まったくの予想外で、さっそく見ました。何度見たかわからないし、一部のシーンはそれ以上に何度見たことか!

 

 【あらすじ】

 名門校の給費生チャーリーは、感謝祭の期間中、あるアルバイトをする。それは、盲目の退役軍人の世話をすること。会ってみるとその軍人フランクは気難しく、心を閉ざしている。フランクに密かな計画があった。それは彼の目的のためにニューヨークへ行くこと。チャーリーはフランクの密航に付き合うことになる。

 一方で、チャーリーは学校で起きたトラブルに巻き込まれていた。ある夜、彼は同級生が校長の新車にいたずらを仕掛ける現場を目撃してしまう。校長はチャーリーに、犯人の証言と引き換えにハーバードへの推薦を持ちかけるが、それは犯人である同級生が退学処分になることをも意味していた。そして取引を断ったら、その時はチャーリーが退学になるであろうことも。

 

 フランクは事故で盲目となって退役した軍人。家族とも疎遠になっているので、サンクスギビングにいきなり実家に押し掛けるシーンはさながら葬式のよう。厳しさを伴う言動と、威嚇のように張り上げる大声で、「うっ」となる。でも、姪の言うように「本当はいい人」でユーモアのある人物であることが、映画の中でだんだんと判明していきます。チャーリーは貧しくも絵にかいたような好青年で、この二人のNY珍道中はハラハラするけれどどこか楽しそう。

 しかし、盲目となり、孤独に生きるフランクにとって、このNYへの旅は片道切符。つまり、死のうとしていた。そのフランクをチャーリーが止める場面は、この映画屈指の名場面だと思います。頑な心の大人と、純朴でまっすぐな青年が出会って、大人が感化される映画はパターンとして多い。そのパターンの中でもこの映画は秀でている。アル・パチーノの名演による部分も大きいけれど、脚本が美しいなぁ、と思う。いいセリフが多い。

 良い映画には必ず名場面がある。個人的に、この映画の場合は3つある。

 1、タンゴのシーン

 2、フランクの自殺未遂のシーン

 3、フランクの援護演説

 

1、タンゴのシーン

何といっても、ガブリエル・アンウォーの美しさ!ナンパ偶然出会ったガブリエル演じる美女・ドナにタンゴを踊ろうと持ち掛けるフランク。でも、ドナは「間違えることが怖い」とためらう。そこで発せられるフランクのセリフが良い。

 No misstakes in the tango, Donna. Not like life.(中略)If you make a mistake, get all tangled up, just tango on.

 (タンゴは人生と違って間違わない。(中略)足が絡まっても踊り続ければいい)

 そして、ドナを伴いレストランのホールでタンゴを踊るフランク。ポル・ウナ・カベサの音楽も粋で素敵だし、何より、踊る二人がほほえましい。

 

2、フランクの自殺未遂

 自暴自棄も沸点を超え、自殺を企図したフランク。チャーリーが止めに入るのですが、チャーリーはフランク自身の言葉を引用して止めるのです。そう、タンゴのシーンの言葉で。この言い争いの場面、言葉を全部引用したいくらい。。

 「俺に人生があると!?真っ暗闇だ!!」と叫ぶフランク。本当は死にたくないけれど、生きる理由がないのだ、と。「どうやって生きていったらいい?」と途方に暮れるフランクに、チャーリーが投げかけるセリフが

 If you're tangled up, just tango on.(足が絡まっても踊り続けて)

なのです。フランクは、タンゴと人生を重ね合わせなかったけれど、チャーリーは、重ね合わせている。この脚本が告げているのは、タンゴのコツというか、肝要を「続けること」だと言ったフランクは、実は人生の肝要もつかんでいたのだ、ということだと思う。気付いていないだけで。「タンゴは踊り続ければ間違いではない」っていうのは、人生についての比喩だ。

 

3、フランクの援護演説

 チャーリーはフランクの旅の共を終えると、学校に戻り懲罰委員会にかけられます。疑似的な裁判のようなやつ。

 チャーリーは孤立無援で戦うのか、と思いきや、先ほど別れたはずのフランクがやってきて、彼の横に座ります。そして、朗々と、良く響く大声で演説を始めるのです。

 映画にはなにがしかのテーマがあるけれど、この映画のテーマは人生なんだと思う。彼ら二人が経験する旅も人生になぞらえられるし、フランクの歩んだ軍人としての栄光と挫折と、演説での言葉には人生において忘れてはならないことが示唆されている。

 チャーリーは校長の取引に応じない、つまり退学を余儀なくされるのですが、フランクは演説で以てチャーリーの援護をし、さらに、未来の指導者を育成するはずの教育機関が腐っていることを喝破するのです。

 フランクは、チャーリーが卑怯な取引に応じない高潔さと勇気を讃え、さらにこう続けます。

 Now I have come to my the crossroads in my life. I always knew what the right path was. Without exception, I knew, but i never took it. You know why? It was too damn hard.

 (人生の岐路に立たされた時、正しい道はいつもわかりきっていた。でも選ばなかった。それがとても厳しいものだとわかっていたから)

 少々、耳が痛い言葉ですね。チャーリーは不正という間違った道を行かず、正々堂々と生きることを選びました。退学になるというのに。

 長台詞を朗々と語るアル・パチーノの演技がすさまじいので、ぜひ見ていただきたい場面。

 

 この映画ではタンゴと人生をなぞらえる、つまり踊ることを人生に重ねているけれど、これは英語圏でよくあるたとえなんだろか、と考える。

 Queen&デヴィッド・ボウイの「under pressure」でも

 This is our last dance

 This is ourselves under pressure 

って出てきますが、このdanceは人生の比喩です。

 Oasisの「The Masterplan」でもサビはこう始まります。

 And then dance if you want to dance

 Plese brother take a chance

と。この踊るも、実際に何かのダンスをするのではなく、生きることの実感の話をしていると思います。やるべき時にやれ、と。

 

 映画で延命と名付けたけれど、こういう風に映画や音楽に、足が絡もうが、何があろうが、踊れ(生きろ)と背中を押してもらうことで、今日をやり過ごしているのだなぁ。

 踊りましょう、今日も明日も明後日も。足が絡まっても踊り続ければmistakeではないのです。